祖谷はどのような場所か、祖谷に行けば何に出会えるのか。
その問いには、もしかすると「なにもないがある」と答えるのが一番良いのかもしれません。それは、人が生きていく上で本当に必要なこと、人とそれをとりまくごく自然なものだけがあると言い換えられそうです。

朝靄に包まれた夜明け、山々を覆い尽くす雲海、青みがかった川、雪に閉ざされた無音の集落。かつて平家の落人たちが隠れ住んだ秘境の里といわれ、日本の三大秘境に数えられるほどに山深い祖谷は、数多くの着飾られた魅惑的な言葉で語られています。

しかし、様々に語られるこれら多くの祖谷の姿とは裏腹に、今でもこの地には日々確かに、普通に、自然の道理に従いながら、山村地域特有の伝統的な生活様式を受け継ぎながら暮らす人々がいます。

いえ、ここに暮らす人々にとっては、伝統などといった重たい言葉で語ることでもなく、ただただそれは、大昔の先祖の代から日々続いている「日常」なのです。ゆるやかな時が流れ、平熱感漂う山里。それがほんとうの祖谷の姿であり、ともすれば今では失われかけた日本の残像ではないでしょうか。

日常の風景、あるいは「日常感」は、特別な言葉で表現されるものではなく、かといって、なかなか普段感じることが難しいものです。祖谷の山里を歩くと、まちでは出会えない普通の「日常」に触れることができます。気づけば何ともないおしゃべりが始まってしまうお母さん、自宅の畑でとれた野菜を手渡してくれるお父さん。

祖谷を訪れる皆様に、私たちがそんな「無色のときが流れる、平温の山里、祖谷」を旅するお手伝いができたらと思っております。